ちっちの物語その49~旅立ち

ジアス

2012年02月11日 23:59

 電話を終えて、エレベーターホールからナースステーションの前に戻ると、ほんの数分前までは看護師さんや当直医の先生がいたナースステーションの中には誰もいませんでした。これは何かあったと思い、急いで病室に戻りました。

 私が先生に呼ばれて病室を離れている間に、少し落ち着いてベッドに横たわっていたちっちがその時にがばっと起き上がり、ベッドの側にいた妻のほうに何度か覆いかぶさってきたそうです。
 その様子を見て、病室に戻っていた主治医の先生が「やっぱりちっちちゃんはお母さんなんだね」とつぶやいたそうです。あとで妻は「ちっちが最後に抱きしめてくれたような気がした。」と言っていました。きっとそうだったんじゃないかと私も思います。

 私が部屋に戻った時にはちっちはやはりベッドに横たわっていて、私がいない間にちっちが起き上がったとは思いませんでした。妻と長女がちっちを呼ぶ声がする中で、私もちっちの側に行ってちっちの右手を取りました。
 少し握力が弱っているような気がしましたが、ちっちが赤ちゃんの頃から何度も触れてきた、とっても愛おしい手です。いろんな思い出が頭の中を駆け巡りました。なんでちっちとこんなに早くお別れをしなくてはならないのか、なんでこんな理不尽な運命が待っているのかというやりきれない気持ちが渦巻いていました。病気になるまでは家族4人で過ごす毎日に楽しいことがいっぱいあったし、病気で苦しい思いもしたけれど、きっとちっちは元気になるから、元気になったらもっともっと、つらい治療に耐えた分以上に、ちっちの望むことをいっぱいかなえてあげようと思っていました。しかし、それももはやかなわぬ願いになってしまうということが、この何ヶ月間か覚悟してきていたとはいえ、とても受け入れられそうになく、胸が苦しくなりました。
 いつまでこの手の温もりを感じていられるかはわかりませんでしたが、かすかな温もりでもいいから、ずっと握って暖め続けていたいと、心から思いました。

 私たち家族がちっちのことを呼び、ちっちに心の中でいっぱいいろんなことを話しかけている中で、ちっちの呼吸は少しずつ弱くなっていきました。

 2011年1月1日21時50分。
 12年と9ヶ月の短い生涯を終えて、ちっちは天使になりました。

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